column022 住み替えられる街づくり

住み替えられる街づくり、これは私が10年ほど前に思いついたことですが、もう少し詳しく書くと「様々な世代の人々が、その時の生活スタイルに合わせて家を住み替えられる街」のことです。

日本人の多くが「住宅購入は、一生に一度の買い物」と思っています。そのような考えに至る理由は簡単で、家の価値が下がるからです。例えば、住宅購入の10年後に生活環境が変わったから新居が欲しい、となっても価値の下がった今の住まいを元手に新しい家を買うことは出来ません。従って、その家に一生住み続けることを前提に家を買います。
従って、多くの方は一生に一度の買い物だと思い、どうなるのか分からない20年後30年後を占い師の如く予想して今払える限界の金額を払い、家を造ります。
ここで誤解がないように書いておきますが、家の耐久性や耐震性をきちんと考え、長く(子供や孫の世代まで)住まわれる家を造る様な場合は価値観が変わって来るので、いわゆる「一生に一度」とは違う意識が強くなって来ると思っています。
私の言う価値が下がる家は「古くなる=悪くなる」そんな家のことを言っています。

ここで少し視点を変えますが、今の日本の家づくりは愛着が持ちにくいものになっていると思います。それは何故かと言うと、内外装に使うサイディングやビニールクロスは、安くてそれっぽく見える材料として重宝されていますが、結局それらは石でもタイルでもなければ、漆喰や木材でもありません。造った時がその材料のピーク(一番いい状態)で、要は「古くなる=悪くなる」でしかありません。
愛着とは「古くなるごとに味わいが出てこそ湧く」と私は思っています。それには「古くなる=味わいが出る」ような、いわゆる自然素材の材料を使わないとそうはなりません。そういった材料を使った家は、メンテナンスを繰り返し手塩にかけると味わいが出て、それが愛着となって表れてくると思います。

ハウスメーカー(以下、HM)に代表するような建売住宅は、安価でメンテナンス性に優れたそれっぽく見える材料で造っています。メンテナンス性に優れた材料は、HM側から見ると「クレームが少ない材料」とも言えます。HMの設計者も自然素材の良さは知っていますが、例えば無垢材などは季節によって変形したりするので、それがクレームにつながるので使いません。見方を変えれば、きちんと説明すれば良い気もしますが、そもそも建売住宅購入者は自然素材の良さを求めていないので、説明してもクレームになってしまう背景はあると思います。

こうして出来た建売住宅は、基本的にターゲット世代を決めて計画をするので、大体同じ世代の方々が購入します。また、間取りや広さなども同じようなものが多いです。これは、近隣関係として価値観が合い易いと思う反面、多様性に欠けているとも言えます。建売住宅は、一次所得者が購入することが多いので始めは皆若くて良いですが、時と共に年齢を重ね、いつしか「古くなる=悪くなる」街並みと共に廃れて行くことにもつながります。

これって、何か悲しくないでしょうか?

そこで私が考えたのが「住み替えられる街」です。
・その街は、耐久性や耐震性、温熱性をきちんと考え、長く住まわれる住宅で構成されています。
・その街は、長く愛されるような自然素材で造られた住宅で構成されています。
・その街は、小さい住宅から大きい住宅まで、いろいろな世代の方が住めるような家で構成されています。

そんな街で、私はこんな物語を想像しています。
 夫婦とまだ小さい樹くんの3人家族の新井さんは、その街で2LDKの小さいお家を買いました。子供はもう一人ぐらいは欲しいですが、今のところその予定はないですし、子供が二人になったとしても10年ぐらいは住めそうなので、当面は問題がありません。
 その後、子宝には恵まれなかったのでそのまま住み続けられそうでしたが、5年後のある日、夫の両親と同居せざるを得ないことになりました。さすがに、その小さいお家では手狭になるので、少し大きなお家を探すことにしました。その街で探したところ、3LDKで1階に和室のある程よい広さのお家が見つかりました。きちんと手入れをしていた小さいお家は適正に評価され、程よい広さのお家を買うのに十分な元手となりました。新井さんは小さいお家を売却し、程よい広さのお家を購入しました。
 更に10年が経ったある日、小さい子供だった樹くんも大きくなり、就職して会社の寮に住むことになったので、家を出て行くことになりました。
 また更に10年後、両親が共に他界し程よい広さのお家に夫婦二人になりました。樹くんも会社の寮は出ましたが、今はアパートで独り暮らしをしています。いろいろ検討した結果、夫婦は自分たちが元気なうちに小さいお家に引っ越すことにしました。始めに暮らした2LDKのお家が一番良かったですが、現在は別の家族が暮らしていたので、別の2LDKのお家を見つけ購入することにしました。もちろん、きちんと手入れをしていた程よい広さのお家を元手に買うことが出来ました。
 その5年後、樹くんもいつしか結婚し、子供が一人の家族を持っていました。そんな樹くんは今の自分たちに見合った家を買おうとしていますが、1つの思いがありました。
「会社の寮や独り暮らしのアパートは、住み心地が悪かった。家を買う時は、住み心地が良い家にしたい。」
そうです、住み心地が良い家で暮らした経験のある樹くんは、またそういった家で暮らしたと思っていました。樹くんは、その街とは別の「住み替えられる街」に小さいお家を買いました。

これは1つの例えで、「住み替える」ことと「愛着」がそぐわない気もします。確かに、ご自身の身内で代々住み継いで行ければ、それが一番良いことだと思いますが、今の時代背景を考えるとそういう訳にもいかない気がします。だとすれば、他人だとしても愛着を持って住まわれた家を住み継いで行くことも大事だと思います。
その街の住民が皆それぞれの家に愛着を持ち、住み替え住み継いで行く。
いずれ同じ家に住む時が来れば、それはそれで懐かしさという愛着が湧くことであり、いつの日か自分たちが暮らした家に孫たちが住むことになれば、そんなうれしいことはないでしょう。

この街づくりで私が重要視していることは、多様性と経験です。
この多様性を実現するには、未来を見据える想像力を持った建築士の知識とそれを形にする職人の技術が必要です。それにより家の価値が上がり、一生に一度的な意識とは違うものの見方で家づくりが出来ると思っています。また、居心地の良い住まいの経験は、それ以下の家に住めなくなるという価値観を生み出します。

最後に、これらの感性を持つには「家とは自分たちのモノではなく、地域社会のモノだ!」との観点が大事でこれからの世の中に必要なことだと思いますが、皆さんの思いは如何でしょうか。